
気候変動対策が進む中、多くの企業が排出削減目標の策定に取り組んでいます。その中で、2022年に導入された「SBT FLAG」は、食品やアパレルといった土地利用に関わる業界にとって、無視できない重要な指針となりました。しかし、専門用語の多さに「自社が対象か」「具体的に何をすべきか」と戸惑う声も少なくありません。本記事では、FLAG目標の基礎知識や算定の要点を、実務に役立つ視点で整理して解説します。
目次 Index
これまで多くの企業が取り組んできたSBT(Science Based Targets)は、主にエネルギー消費や工業プロセスに由来する温室効果ガス(GHG)の削減を対象としてきました。しかし、世界の排出量の約4分の1を占める「土地利用」や「農業」由来の排出については、算定手法が十分に確立されていませんでした。その結果、多くの企業で削減目標の対象から漏れていました。
このギャップを埋めるために2022年9月に登場したのが、「SBT FLAGガイダンス」です。
SBTに関して詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
SBTi(Science Based Targets initiative)は、パリ協定と整合する目標の達成に向けた企業の削減目標を認定するイニシアチブです。これまで土地由来の排出が多い企業は、適切な算定ルールがないため、認定取得が難しいという課題を抱えていました。また、認定を取得できても、実態を十分に反映できない場合がありました。
FLAGガイダンスは、土地に特化した算定・目標設定のルールを定めたものです。従来の産業(エネルギー、輸送、建物など)を対象とした基準とは別枠で運用されます。
FLAGとは、Forest(森林)、Land(土地)、Agriculture(農業)の頭文字を取った言葉です。具体的には、以下の3つの主要な活動から生じる排出と除去をカバーしています。
○Point
従来のエネルギー・工業中心のSBTでは排出削減のみが評価対象でした。一方、FLAGでは自社のサプライチェーン内で行われる炭素除去(吸収)も、目標達成に算入できる点が大きな特徴です。
脱炭素経営が加速する中、企業はScope1,2,3の削減に奔走してきました。しかし、世界全体の排出構造を俯瞰すると、特定の業界では、これまでの手法だけではカバーしきれない領域があることが分かってきました。
世界の温室効果ガス(GHG)排出量において、土地利用、農業、および森林による排出(AFOLU:Agriculture, Forestry and Other Land Use)は約22%を占めると言われています。これは、自動車や飛行機などの交通セクター全体よりも大きな割合です。
特に食品、飲料、アパレル(天然繊維)、紙・パルプなどのセクターでは、自社のGHG排出の大部分が工場(Scope1,2)ではなく、源流にある農場や森林に集中しています。例えば、以下のような活動が気候変動に大きなインパクトを与えています。
これらの土地由来の排出を管理・削減しなければ、地球全体の1.5℃目標の達成は不可能だという認識が、国際的に共有されています。
SBTiが、エネルギー・工業中心のSBTとは別にFLAGという専用の枠組みを設けたのは、土地セクターが持つ「生物学的なプロセス」が工業的な排出とは大きく異なる性質を持っているためです。
SBT FLAGは、これらの課題を解決するために誕生しました。土地由来の排出を独立した枠組みとして定義し、正しく算定できるようにすること、さらに除去を正当に評価し、森林破壊に厳格に対処することを目的としています。
SBT FLAGは、すべての企業に一律に義務付けられているわけではありません。判定の基準は、その企業が属する「業種(セクター)」と、サプライチェーン全体における「排出量の内訳」という2つの軸で決まります。
まず、SBTiが「土地利用への影響が極めて大きい」と定義している特定のセクターに属する企業は、土地由来の排出量の多寡にかかわらず、FLAG目標の設定が必須となります。
対象となるのは、以下のセクターに該当する企業です。
また、食品・飲料の製造業や小売業も、原材料の大部分が農林業に依存しているため、原則として設定が求められます。自社がこれらの「FLAGセクター」に分類される場合は、避けて通れない要件となります。
自社が上記の「特定セクター」に直接該当しない場合(例:化学メーカー、アパレル、消費財メーカーなど)であっても、設定が義務付けられるケースがあります。それが、総排出量(Scope1,2,3)のうち、土地由来(FLAG由来)の排出が20%以上を占める場合です。
ここで注意すべきは、計算の「分母」と「分子」の考え方です。
○Point:Scope3のカテゴリ1に潜むリスク
多くの日本企業において、自社拠点(Scope1,2)での土地由来排出は限定的です。しかし、Scope3のカテゴリ1(購入した製品・サービス)を精査すると、原材料として使用しているパーム油、ゴム、木材、天然繊維、バイオマス燃料などが、予想以上に大きなFLAG排出量を持っていることがあります。
ここで注意が必要なのは、バイオマスに関連する取り扱いです。SBTのルールでは、バイオエネルギーの燃焼や加工に伴う排出・除去は、FLAG目標ではなく一般目標(バイオエネルギー基準)で扱われます。一方で、その原料生産に伴う土地利用変化(LUC)や土地管理のプロセスは、FLAG排出量として切り出して計上しなければなりません。
プラスチックからバイオ素材への転換などを進めている企業も、原料の生産段階で土地由来の排出を伴うため、結果的に「20%の壁」に該当する可能性が高まります。まずは自社の排出ポートフォリオを可視化し、土地由来の割合がどの程度あるかを早期に判定することが重要でしょう。
留意すべき点は、FLAG目標の設定義務がない企業であっても、算定そのものは免除されないという点です。SBTiの規定では、短期目標やネットゼロ目標の申請・更新を行う際、自社のFLAG排出量を算定し、その規模を把握しておく必要があります。
つまり、最終的にFLAG目標を掲げないという判断を下すにしても、その根拠として「自社の土地由来排出は全体の20%未満である」という客観的なデータを示さなければなりません。
SBT FLAGの目標設定には、エネルギー由来の目標とは異なる特有のルールが存在します。特に重要なのは、土地利用セクター特有の排出カバー率と、森林破壊防止に関する要件です。
FLAG目標を策定する際、まず直面するのがカバー率の規定です。SBTiは、目標の信頼性を担保するために以下の数値を求めています。
目標の達成期間については、申請日から5年から10年以内と設定されています。エネルギー・工業中心のSBTと同様に、あまりに遠い未来ではなく、短期的なアクションが求められる仕組みです。
FLAG目標において重要なルールが森林破壊防止のコミットメントです。これは単なる努力目標ではなく、認定のための必須条件となっています。
具体的には、牛肉、パーム油、大豆、ココア、木材製品といった森林破壊への影響が大きい主要品目において、2025年12月31日までに森林減少を止めることを公に約束しなければなりません。現在は2026年を迎えているため、これから申請を行う企業にとっては、すでに森林破壊を伴わない調達体制が運用されていることを事実上表明する形になります。
このコミットメントは、SBTの目標文とともにSBTiのウェブサイトに掲載されます。SBTiによる直接的な審査・検証が行われるケースは確認できていませんが、 公的な誓約として開示される以上、実質的には期限通りの調達が実現できていることが前提となります。そのため、申請に際しては自社のサプライチェーンの現状を正確に把握し、裏付けとなる管理体制を固めておくことが重要です。
FLAGガイダンスの最大の特徴は、排出量の削減だけでなく、炭素除去(吸収)を目標達成の手段として認めている点にあります。
これらは「排出量から除去量を差し引いたネットの数値」で目標設定が可能ですが、運用には厳格なルールが伴います。まず、排出削減と炭素除去はそれぞれ個別に算定・報告する義務があり、あくまで排出そのものの削減を優先する姿勢が求められます。除去によって削減の遅れを補填するという考え方は推奨されていません。
また、FLAG目標における削減分を、エネルギー・工業中心のSBTの達成に充てることはできない点にも注意が必要です。
なお、エネルギー・工業中心の一般目標で禁じられているオフセット(自社外でのカーボンクレジット購入)は、FLAGにおいても認められません。カウントの対象となるのは、自社のサプライチェーン内、つまり原材料の調達現場である農場や森林で行われる活動による除去のみに限定されます。
FLAG目標の策定は、従来の排出量算定よりも原材料の産地や生産方法に踏み込む必要があります。大きく分けて、以下の3つのステップで進めていくのが一般的です。
まずは、自社のサプライチェーン全体におけるFLAG排出量を洗い出します。原材料の調達(Scope3・カテゴリ1)に限らず、自社所有の農場(Scope1)やその他のカテゴリに潜む土地由来の排出も精査が必要です。土地利用の変化や管理に伴う排出を算定し、まずは全体像の把握に努めましょう。
算定にあたっては、可能な限りサプライヤーから直接得られる一次データが理想的ですが、初期段階では統計データに基づく二次データ(排出係数)を活用して全体像を把握することから始めます。ここで、前述した20%のしきい値を超えているかどうかの最終確認も行います。
この際に準拠すべき基準が、2026年1月に公表されたGHGプロトコルの土地利用・除去ガイダンスです。2027年1月の正式発行に向け、現在は同ガイダンスに従って土地利用の変化や土地管理に伴う排出、さらには除去(吸収)の計上についても精度を高めていく必要があります。
ガイダンスはこちら:Land Sector and Removals Standard. (30 January 2026) Greenhouse Gas Protocol
排出量が特定できたら、次にやるのは目標設定のためのパスウェイの選択です。SBTiが提供しているSBTi FLAG Target-Setting Tool(こちらよりDLが可能です)を使用し、自社の事業形態に合わせたアプローチを選びます。
これらは、排出量の大きな特定の原材料にはコモディティ別、その他にはセクター別といった形で組み合わせて活用することも可能です。この段階で、実際にSBTに申請する削減目標の組み合わせを検討します。
算定完了後は、具体的な削減目標値を確定させます。重要なのは、FLAG目標をエネルギー・工業由来のSBTと併せて申請しなければならない点です。これらは一括で提出しますが、審査はそれぞれの基準に照らして独立して行われるのが特徴です。
書類をSBTi事務局へ提出した後は、審査官との質疑応答を経ていよいよ認定へ。取得後はダッシュボード上で社名や目標内容が公表されるため、ステークホルダーへの開示準備も並行して進めておくのが賢明です。
日本国内でもSBT認定を取得する企業は急速に増えていますが、FLAG目標に関しては、データの透明性や地理的な制約が大きな課題となっています。
FLAG目標の算定において、課題となるのがトレーサビリティです。土地由来の排出量を正確に算出するには、原材料がどこの国のどの地域で生産されたかという情報が欠かせません。
しかし、日本の商習慣では多くの場合、商社や卸売業者を介した複雑な流通経路をたどります。農場まで遡ってデータを取得することは容易ではありません。特に中小規模のサプライヤーに対して、詳細なデータ提供を求めることは負担も大きく、慎重なエンゲージメントが求められます。
まずは、排出への寄与度が大きい特定の品目や地域を特定し、段階的にトレーサビリティを高めていく現実的なロードマップを描くことが重要です。一次データの取得が困難な期間は、SBTiが認める二次データを活用しながら、徐々に精度を上げていく姿勢が求められます。
FLAG目標の大きなメリットである炭素除去は、自社のサプライチェーン内で行う「インセッティング」として位置づけられます。単なるカーボンオフセットとは異なる点が特徴です。これは、生物多様性(TNFD:自然関連財務情報開示タスクフォース)への対応とも密接に関係しています。
例えば、農場での土壌管理を改善して炭素を貯留したり、水源地となる森林を再生したりする取り組みは、気候変動対策であると同時に、自然資本の回復にも寄与します。
脱炭素の文脈だけで捉えるのではなく、自然再生や生物多様性の保護といった多角的な価値として経営層や投資家に提示することで、予算確保や社内協力が得やすくなるはずです。FLAG目標への対応を、企業価値を総合的に高める好機として捉え直すことが、持続可能な活動の鍵となります。
SBT FLAGは、これまで算定が困難だった土地利用セクターの排出に明確な指針を与え、企業の気候変動対策をより実効的なものへと引き上げました。2026年を迎えた現在、森林破壊防止に関するコミットメント期限(2025年末)はすでに過ぎています。これから申請を行う企業には、実質的に森林破壊のない調達が実現されていることを前提とした誓約が求められます。
まずは自社が指定セクターに該当するか、あるいはサプライチェーン全体で土地由来の排出が20%を超えていないかを正確に把握することが重要です。パーム油や大豆、木材といった高リスク品目を扱う企業にとっては、産地まで遡るトレーサビリティの確保が喫緊の課題となりますが、この取り組みは将来的な調達リスクの低減に直結します。
土地セクター特有の複雑さはありますが、FLAGへの対応を機にサプライヤーとの連携を深め、炭素除去の視点を取り入れることは、脱炭素だけでなく生物多様性の保護や自然再生といった多面的な企業価値の向上につながります。まずは現状の排出構造を整理し、できるところから着実に進めることが、1.5度目標の達成と持続可能な事業基盤の構築に向けた確かな一歩となるはずです。
弊社は環境経営におけるパートナーとして、CDPやTCFD、TNFDなど各枠組みに沿った情報開示や、GHG排出量の算定のご支援をさせていただいております。もしSBT FLAGに関するお悩みがございましたら、是非お気軽にご相談ください。
人材系上場企業を経て、ブルードットグリーン㈱に参画。コンサルティング事業の拡大を営業責任者として牽引。 1,000社を超えるプライム上場企業との脱炭素領域における対話を実施。上場企業の経営者、担当者が抱える課題が多種多様にわたる中、企業それぞれの状況に応じたサステナビリティ経営を伴走支援を通して日々サポートしている。
<出典>
・FOREST, LAND AND AGRICULTURE SCIENCE-BASED TARGET-SETTING GUIDANCE VERSION 1.1. (2023, December). Science Based Targets initiative. (参照2026.01) https://files.sciencebasedtargets.org/production/files/SBTiFLAGGuidance.pdf
・GETTING STARTED GUIDE FOR THE SBTi FOREST, LAND AND AGRICULTURE (FLAG) GUIDANCE. Science Based Targets initiative. (参照2026.01)
https://files.sciencebasedtargets.org/production/files/FLAG-Getting-started-guide.pdf
・SBTi Forest, Land and Agriculture (FLAG) Project FAQs. Science Based Targets initiative. (参照2026.01) https://files.sciencebasedtargets.org/production/files/FLAG-FAQ.pdf
・Forests, Land and Agriculture – Science Based Targets Initiative. Science Based Targets initiative. (参照2026.01)
https://sciencebasedtargets.org/sectors/forest-land-and-agriculture
・SBTi FLAGセクター ガイダンス・目標設定の動向. CDP. (参照2026.01)
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/006/834/original/2FLAGSBT.pdf
・SBT(Science Based Targets)について. (2025, January 31). 環境省. (参照2026.01) https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_syousai_all_20250131.pdf