都市の人口増加や環境問題、交通渋滞、エネルギーの消費といった課題に直面する現代社会。その解決策として注目を集めているのが、“スマートシティ”という概念です。スマートシティとは、先進的な技術を活用して、QOL(生活の質)を向上させ、効率的な都市運営を実現する都市のことです。近年、海外だけでなく日本国内でも、自治体や企業が目標とするスマートシティのコンセプトを続々と発表し、社会実装を行っています。
スマートシティが実現することで、私たちの生活はどのように変わっていくのでしょうか。今回は、スマートシティの概要、取り組まれる背景、メリット、課題から国内外の事例まで、わかりやすくご紹介していきます。
目次 Index
スマートシティとは、IoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)、ビッグデータ、再生可能エネルギーなどの技術を駆使して、都市の運営を効率化し、環境にやさしく、住民の生活を最適化する都市のこと。これらの技術が一体となって機能し、交通渋滞、環境問題、エネルギー管理など、都市が直面するさまざまな問題を解決することを目的としています。交通、自然との共生、省エネルギーなど、分野ごとの取り組みを徐々に広げて都市全体の効率を高めていきます。
さらに、住民のニーズに対応できるような柔軟性もスマートシティの重要な要素です。具体的な特徴としては、以下のような要素があげられます。
スマートシティでは、ICT技術(情報通信技術)を活用して、都市の運営やサービスの効率化を図ります。例えば、センサーを使ったリアルタイムでの交通管理、電力消費の最適化などが実現可能です。
太陽光、風力といった再生可能エネルギーの導入、電力の需給調整をリアルタイムで行うスマートグリッド(*1)の構築、蓄電池や分散型エネルギーの利用などにより、エネルギーの効率化と持続可能性の向上を目指します。
(*1)スマートグリッドとは、最新のIT技術を活用して電力の流れを供給側、需要側の双方から自動調整し最適化する、次世代型インフラのこと。環境省は2030年までにスマートグリッドを100%普及させる目標を設定している。なおスマート(賢い)とグリッド(送電網)を合わせた造語。
交通渋滞の緩和や公共交通機関の最適化を目指して、データを基にしたリアルタイムの交通管理が行われます。AIやIoTを活用した、最適な交通ルートの提供や交通信号の制御なども進められています。
生活環境を向上させるために、AIを活用した住民サービスの提供や健康管理システムが導入され、医療や福祉の分野でも技術の活用が可能に。また、防犯や災害対策においても、AIやIoTを活用して安全性の向上を図ることができます。
温室効果ガス(GHG)排出削減や資源のリサイクル促進、廃棄物管理など、環境への負荷を最小化する取り組みも重要な要素です。これにより、経済的にも環境的にも持続可能な社会を作り上げることが目指されています。
スマートシティとよく混同される言葉として、スーパーシティがあります。前述のとおりスマートシティは、交通、自然との共生、省エネルギーなど、分野ごとの取り組みを徐々に広げて都市全体の効率を高めていく概念です。一方スーパーシティは、最初から生活全般にまたがる分野横断的なデータ連携基盤を整備し、複数サービスの全体最適を実現し、大胆な規制改革を実施する構想のこと。つまり、最初に着手する分野の範囲が違うといえます。スーパーシティはスマートシティをさらに進化させた形として、より大規模で革新的な取り組みが行われることが多いです。
では日本でスマートシティの取り組みが進んでいる背景とは何なのでしょうか。
日本は少子高齢化が急速に進み、都市部への人口集中、多発する都市型災害など世界各国の都市がいずれ直面する都市課題に先んじて直面しています。(このような国を課題先進国と呼びます。)こういった都市課題解決に向け、効率的で持続可能な都市運営が求められており、スマートシティの導入が進められている状況です。課題先進国であるという強みと高い技術力や研究開発力を活かし、都市課題への解決策の提示や、新たな価値を創造し、世界に向けてスマートシティモデルを提示していくことが重要とされています。
では実際にスマートシティが実現した場合、どのようなメリットがあるのでしょうか。メリットは2つあげられます。
それぞれ具体的に見ていきましょう。
一つ目はQOLの向上があげられます。なおQOL(Quality of Life)とは、生活の質のことを指します。スマートシティが実現すれば、リアルタイムに情報の収集や共有をすることが可能に。このような状況が実現すれば、物理的な距離や時間的制約を受けず、より多くの時間を自分が優先したい活動に充てることができ、結果としてQOLが向上していくと考えられます。具体例は下記のとおりです。
オフィスにいなくてもテレビ会議で会議を実施できるようになり、通勤せずとも仕事のできる環境をつくることが可能に。通勤時間がなくなり、その時間を別の活動に充てることができます。
実店舗に移動しなくても、場所を問わずにワンクリックで買い物ができ、購入までにかかる時間を短縮することが可能に。また、購買履歴に基づく「おすすめ」機能により、ニーズに合った商品が提示され、購入者が買うべき商品を考える時間や探す時間を短縮できるようになります。
スマートシティのアプリケーションによって、鉄道、タクシー、カーシェア、サイクルシェアなど、多様な交通機関をつなぎ合わせ、生活者が移動する際都市を快適にナビゲートするための補完的な役割を持てるように。生活者は、待ち時間や混雑状況を把握できるようになり、混雑を避けながら行動できます。またカーシェアでは、公共交通機関のみでの移動が難しい場合、維持費の高い自動車を実際に所有することなく、ライフサイクルに合わせた経済的な活用も可能です。
二つ目は多様な都市データを活用できる点です。リアルタイムに「何が、いつ、どこで」という大量個別データを取得できることで、下記のようなデータ活用が期待されます。
エネルギー使用量をリアルタイムで監視・管理できるシステムが導入された場合、無駄なエネルギー消費の削減につながります。都市全体のCO2排出量低減が進むことで、環境負荷低減へと貢献することが可能です。
これまでは事例や経験則などのエピソードベースによって判断されていた施策を、多様な定量的データに基づき判断したエビデンスベースでの施策とすることが可能です。生活者への円滑な合意形成につながります。
スマートシティの実現には多くのメリットがあることが明らかになりましたが、その一方で解決すべき課題も存在します。具体的に見ていきましょう。
個人情報の保護やセキュリティ対策が十分に施されていないと、プライバシー問題のリスクが予想できます。スマートシティ内では多数のセンサーや監視カメラといったIoT機器が存在し、かつ多様なデータが取り扱われるという特徴がありますが、常時サイバー攻撃のリスクにさらされている状況でもあります。総務省では、『スマートシティセキュリティガイドライン(第2.0版)』を2021年6月に公表しており、スマートシティのセキュリティ対策方法をカテゴリごとに明示。リスクを負わないためにも、セキュリティ対策は必須だといえます。
スマートシティの構築には、さまざまなシステムの設計や導入、通信環境の整備が必要です。そのため資金調達や予算の確保が大きなハードルとなりやすいのもポイントとしてあげられます。また、各施策が本当に投資金額に見合った費用対効果があるのか、導入後のランニングコストも検討しつつ計算していく必要があるでしょう。
日本政府は、スマートシティの実現に向けて積極的に取り組んでおり、特に地方自治体や企業との連携によって、さまざまな実証実験やプロジェクトが進行中です。例えば、スマートシティの技術を導入することで、都市の運営効率を高め、地方創生や都市間競争力の向上を狙っています。
また、日本にはスマートシティ官民連携プラットフォームや、一般社団法人スマートシティ・インスティテュートといった、日本におけるスマートシティの拡大と高度化の推進を目的に活動しているプラットフォームも存在します。
スマートシティ官民連携プラットフォームとは、スマートシティの実現を目指して、官(政府)と民間(企業)が連携し、都市の課題解決やQOLの向上を目指すために情報共有や協力を行うためのプラットフォームのこと。自治体及び企業・研究機関、関係府省などを会員としており、このプラットフォームを通じて、事業支援、分科会の開催、マッチング支援、普及促進活動などを行い、会員のスマートシティへの取り組みを支援しています。
スマートシティ・インスティテュートとは、スマートシティの推進や研究、普及を目的とした団体や機関のこと。日本には、「一般社団法人スマートシティ・インスティテュート(SII)」と呼ばれるインスティテュートが存在します。この団体はスマートシティの実現に向けて、官民連携を促進し、都市の課題解決やQOLの向上を目指した活動や、スマートシティに関する技術開発、政策提言、学術的な研究などを行っています。
世界にはさまざまな事例がありますが、国や都市によってアプローチの方法はさまざまです。ここではスマートシティのアプローチ方法を、大きく2つのスタイルに分けてご紹介していきます。
大企業主導型は世界を代表する企業が中心となり、都市の課題解決の基盤を提供するアプローチです。代表企業が推進役となることで、技術や資金が集まり、取り組みが迅速に進む傾向にあります。アメリカでは大企業による社会課題の解決への投資志向が強く、中国では企業の競争力を強化するために、先進事例に積極的に投資する傾向です。
ヨーロッパでは、自治体が中心となり、住民や企業、学術機関などと連携する「クアドラプル・ヘリックス」(産官学民の四重螺旋)という枠組みが重視されます。自治体主導で、市民の意見を反映しつつ、各ステークホルダーが協力して取り組みを進める方法です。このアプローチは、住民参加の意識が高く、社会的な合意形成を大切にする特徴があります。
この2つのアプローチの違いは、都市の成り立ちや文化、歴史的背景に基づくものであり、どちらが優れているというわけではありません。それぞれの地域に合った方法で、スマートシティが進化しています。なお日本にはどちらのアプローチも存在していますが、住民参加の意識はヨーロッパと比べ低いものの、基本的に自治体起点型アプローチで取り組んでいる自治体が多いという特徴があります。
それでは日本国内では、どのような地域でどのようにスマートシティが実装されているのでしょうか。今回は2つの都市の事例をご紹介いたします。
横浜市は、スマートシティの先進的な事例として注目されています。実は今から10年以上前の2010年から、スマートシティに向けた取り組みが実施されていました。既成市街地へのエネルギー供給バランス最適化に向けたシステム導入と実証を行った「横浜スマートシティプロジェクト(YSCP)」が2014年度末に完了。実証完了後も、エネルギーインフラ形成に向けた「みなとみらい2050プロジェクト」や、エネルギー使⽤の最適化に向けた「横浜市⼤センター病院と新南区総合庁舎」の電⼒線敷設の取り組みなどを行っています。2023年には、中華街・山下エリアでの「横浜グリーンスローモビリティ」という環境交通システムの導入と実証が行われるなど、先進技術の導入や実証への取り組みが活発に行われています。
かつてトヨタ自動車東日本株式会社の東富士工場があった静岡県裾野市では、ウーブン・バイ・トヨタ株式会社を中心に、スマートシティの実現に向け「Woven City(ウーブンシティ)」プロジェクトを実施中です。このプロジェクトでは、トヨタが新しいモビリティ社会を実現するため、AIやIoT、ロボット技術を活用した未来型の都市開発を目指しています。ウーブンシティでは、全自動運転車やAIを活用した交通システム、エネルギー管理のシステムなどが統合される予定です。日本では珍しい、大企業主導型のアプローチが実証されている取り組みとして、注目が集まっています。
世界各地では、どのようにスマートシティの構築が進んでいるのでしょうか。今回は特に先進的な取り組みが進んでいる、2つの都市の事例をご紹介します。
シンガポールは、スマートシティの先駆者として広く知られています。なお2024年4月に発表された、世界のスマートシティランキングの1つであるIMD Smart City Index 2024によれば、シンガポールは世界で5位、アジアの都市で1位という順位を獲得。都市全体でIoT技術を活用し、交通、エネルギー、健康管理、セキュリティなどの分野で効率化を進めています。また、「Smart Nation」プロジェクトにより、国全体でデジタルインフラを整備し、市民生活を支える技術を積極的に導入。国民と政府間で行われる申請などの取引の99%は、オンラインで完結できます。具体的には、デジタル出生・死亡証明書の申請や、LifeSGと呼ばれる政府サービスに簡単にアクセスできるアプリの実装、といった取り組みがあげられます。
スイスのチューリッヒは、IMD Smart City Index 2024によれば世界全体で1位の順位を獲得している、現在最もスマートシティの取り組みが進んでいる都市です。チューリッヒでは、市街地全域に交通量に応じて明るさが変わる街灯を導入しており、最大70%ものエネルギー使用量の削減を実現。このスマート照明によって、市街地全域の環境データの収集や交通量の測定、公共のWi-Fiアンテナなどの機能を果たしています。そのほかにも、市内全ての冷暖房をつなぐスマートビル管理システムの導入や、公共交通機関に向けた自動運転車の実証実験などが行われており、街全体の効率を向上させるための取り組みを多数実施しています。
未来の都市像として、QOLを向上させ、効率的な運営を実現するための重要なビジョンであるスマートシティ。IoT、AI、ビッグデータといった技術の進化によって、都市の運営がより効率的かつ持続可能なものになると期待されています。一方、プライバシーやセキュリティなどの課題も存在し、技術の活用だけではなく、社会全体での議論と調整が必要です。世界各地で進められているスマートシティの取り組みを参考にしながら、日本でも今後ますますスマートシティへの取り組み推進が期待されます。今後の動向に注目していきましょう。
CDP回答やGHG排出量算定など、環境経営に関するコンサルティングサービスの営業本部長を務めています。
【出典】
・スマートシティの実現に向けて 【中間とりまとめ】. (2018, August). 国土交通省都市局. (参照2024.11.19)
・インフラシステム海外展開に向けた海外のスマートシティ動向に関する調査研究-令和4年度調査報告-. (2023, June). 国土交通省.(参照2024.11.19)
・日本のスマートシティSDGsなど世界が抱える課題を日本のSociety5.0で解決. 首相官邸ホームページ. (参照2024.11.19)
・スマートシティ施策のロードマップ~スマートシティのさらなる発展と実装を目指して~. (2024, March). 内閣府科学技術・イノベーション推進事務局. (参照2024.11.19)
・スマートシティ セキュリティガイドライン (第2.0版). (2021, June). 総務省. (参照2024.11.19)
・スマートシティ官民連携プラットフォーム. スマートシティ官民連携プラットフォーム事務局. (参照2024.11.19)
・一般社団法人スマートシティ・インスティテュートとは. スマートシティ・インスティテュート. (参照2024.11.19)
・2050年日本の都市の未来を再創造するスマートシティ. (2020, February). PwC. (参照2024.11.19)
・今後の横浜スマートシティプロジェクトの推進について. (2015, May). 温暖化対策・環境創造・資源循環委員会温暖化対策統括本部. (参照2024.11.19)
・TOYOTA Woven City. WOVEN BY TOYOTA. (参照2024.11.19)
・Smart City Index 2024. IMD. (参照2024.11.19)
・SMART NATION SINGAPORE. Smart Nation and Digital Government Office. (参照2024.11.19)