誰もが一度は使ったことのある「エリエール」ブランドで有名な大王製紙様。自然資本との関わりが深い総合製紙メーカーとして、「サステナビリティ」という言葉が一般的でなかった1943年の設立当初より、一貫して持続可能な社会の実現に資する取り組みをしてきた一方で、情報開示の面では課題もあったと言います。そんな同社はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)開示をどのように進め、開示によってどのような変化が起きたのでしょうか。サステナビリティ推進本部のお三方に伺いました。
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“大王製紙様の事業とサステナビリティへの取り組みについて教えてください。”
新聞用紙や印刷用紙などの紙、ティシューペーパーやトイレットペーパーなどの衛生用紙、ベビー用・大人用紙おむつ、生理用ナプキンなどの紙加工品を製造・販売している総合製紙メーカーです。特に主力ブランドである「エリエール」はティシュー・トイレットペーパー・キッチンペーパー市場におけるトップシェアを獲得しています。また、昨今では木質由来の素材である「セルロースナノファイバー」や「バイオリファイナリー」など、新たな事業への取り組みにも注力しています。
このように多様な商品を展開している当社ですが、祖業は古紙回収事業であり、設立時よりサステナビリティの精神が脈々と受け継がれています。例えば1957年には山林を購入し育苗造林を開始、1989年にはチリにおいて大規模な植林も開始しました。また、一般的に紙・パルプを1トン生産するためには約100トンの水が必要だと言われている中、基幹工場の三島工場では排水を再利用し、渇水時でも生産できる取り組みを進めています。
こうした取り組みのベースにある価値観が当社の社是「誠意と熱意」です。物事に取り組む際に最初に考えるべきことは、「誠意」です。「誠意」とは「私欲から離れて、正直に真面目に物事に取り組むさま」であり、「私欲=儲けたいという欲を捨て、世のため人のために事業をする」と解釈し得ます。これは個人的にサステナビリティの考えそのものではないかと思うのです。持続可能な社会への意識は当社の価値観として脈々と受け継がれていると考えます。
“支援企業としてエスプールブルードットグリーンを選ばれた理由は何でしょうか。”
自然の恩恵に支えられ、また同時に自然環境へ影響を及ぼす事業を展開する当社にとって、TNFDの開示は当然の責務でした。一方、TNFDは分析手法の詳細が確立しきっておらず、TCFDほど開示事例も多くありません。その自由度の高さゆえに「開示に向けて何から着手して、どのように進めれば良いのだろうか」と戸惑ったのが正直なところでした。
そこでTNFD開示サポートを手掛ける企業数社にお声掛けさせていただいたのですが、当社の既存データを活用した分析方法からデータ収集や取り組みのフィードバックに至るまでの一連のプロセスについて、最もきめ細やかな提案をいただけたのがエスプールブルードットグリーンでした。特に当社と関わりの深い水リスクの評価ツール「Aqueduct」だけでなく「生物多様性を評価する『IBAT』や自然への依存・影響を特定する『ENCORE』を用いて、全拠点のリスク評価のマトリックスだけでも作ってみませんか?」という提案は当社がこれまで手掛けたことのないアプローチであり、魅力的に映りました。
そのほか、当社としては「自社の特徴をアピールできるTNFD開示にしたい」と考えており、ご提案いただけた内容に「当社の意向の通り、型にはまった開示ではなく、オーダーメイドな開示ができるのでないか」という期待感を持てたこともポイントでした。
“エスプールブルードットグリーンを実際に活用してみて、いかがでしたか。”
TNFD開示に向け、丁寧にサポートいただけた印象です。開示初年度には、当社のサステナビリティ担当者に対して「TNFDとは何か」「なぜTNFD対応が必要なのか」などTNFDの「基本のき」から時間をかけて解説いただきました。これにより、各メンバーがTNFDの重要性について理解し、取り組みの姿勢も前向きになったと感じています。
また、印象的だったのは「当社事業は水の供給サービスへの依存度が高い」とのご指摘を受けたときのこと。当初はそれをネガティブに捉えていたのですが、「依存度が高いからこそ、どのような取り組みを進めていくべきかという視点が大事である」との説明を受け、当社メンバーの自然資本への捉え方がより生産的になったと感じています。
そのほか、オーダーメイドなサポートも印象的でした。例えば、TNFD開示にあたって収集するデータの粒度は細かければ細かいほど精緻な分析が可能です。しかし、現実的には全てのデータを集めることはできません。エスプールブルードットグリーンの支援では当社のリソースや来年以降の動きを考慮したうえで、今必要なデータとその粒度を細かくご指示いただき、仮に間違ったデータを提出してしまっても、的確にフォローいただけました。雛形通りに全て実施するのではなく、「現状を踏まえて、今年は○○まで実施し、△△は来年以降実施しませんか」など、当社の実情に沿った提案・進行をしていただけた印象です。そのため、想定よりも社内への負担は少なく、スムーズにプロジェクトを進められたと思います。
“サービス導入の成果と、その後の波及効果についてはどう感じられていますか。”
「自社の特徴をアピールできるTNFD開示にしたい」という当社の意向を十分に叶えていただけました。例えば、当社の特徴である“持続可能な森林経営”に関して、ステークホルダーに伝わる形で分かりやすく開示できたと考えています。
TNFDでは植林事業がいかに自然に貢献しているのか、イラスト付きで開示
引用:「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」への対応|大王製紙株式会社
実際、TNFD開示後に投資家様と面談した際に、「しっかり開示されていますね」と評価いただけました。やはりしかるべき相手には伝わっていると実感したため、2年目以降も適切な分析のもと、企業価値向上に寄与する開示を継続していきたいと考えています。
また、内部的には当社が持つ価値の捉え方についても良い変化が現れたと感じています。具体的にはエスプールブルードットグリーンという第三者が介在することで、当社にとっては当たり前だった事柄の価値を再認識することができました。例えば、今回のTNFD開示では、TNFDが推奨するLEAPアプローチを用いて物理的なリスクとして山林火災の増加による木材生産量減少などを特定し、それに対する取り組みとしてフォレスタル・アンチレでの地元企業や住民と連携した消火・防災活動を位置づけています。この活動自体は、以前より取り組んでいたことですが、リスクへの対応策として適切にアピールできていたわけではありませんでした。TNFD開示を通して「非常に価値がある活動である」ということが再認識できたのはもちろん、地元企業との結び付きも強化できたと感じています。
TNFDの開示を1つのきっかけとして、当社全体の情報開示のあり方にも変化が生まれつつあると感じています。これまで当社は、現状の取り組みや成果をそのまま発信することが少なくありませんでした。一方、TCFDやTNFDでは「ガバナンス」「戦略」「リスクと影響の管理」「指標と目標」という4つの項目をベースに開示することが求められます。現在ではこれらの開示経験のもと、情報開示において「ガバナンス」や「戦略」などの視点を交えることの重要性が浸透しつつあり、より立体的で戦略性の高い情報開示ができる素地が整ってきたと考えています。
そのほか、サステナビリティ対応に対する全社的な意識も高まりました。当社では、サステナビリティ委員会の下に部会を設置し、サステナビリティ対応に関する具体的な検討を進めていたのですが、当初他部門には「それはサステナビリティ推進部の仕事ではないか」という意識が少なからずあったように思います。ただ、TNFD開示やそのプロセスを通して、自分達の業務と自然や生物多様性とのつながりを実感する場面が増えたのでしょう。調達部門を筆頭に、徐々にその意識に前向きな変化が現れました。TNFD開示によって、自然資本や生物多様性に関するリスクと機会、そして今後の具体的な動きを社内全体で話し合える土台ができたと感じています。
“最後に、今後の取り組みについてお聞かせください。”
「製紙業=森林を伐採している」というイメージを持つ方も少なくありません。しかし、当社を含め、製紙業界は伐採して終わりではなく、事業として植林に携わり、木を育て、森を作り、その木々を収穫して再度苗木を植えることで森を守っています。イメージとしては、野菜を収穫した後に野菜のタネを植えてまた収穫する…というサイクルを繰り返す野菜栽培と同じです。「野菜栽培=自然破壊」と考える方は少ないでしょう。ただ、現実では森林伐採のイメージが先行しており、投資家様と対話する際に「当社の取り組みを伝えきれていない」と感じることもありました。紙は優秀なマテリアルリサイクル素材です。TNFDの開示も含めて、そのような誤解を解きつつ、紙の価格以上の価値を伝えていきたいと考えています。
また現在は、自社だけではなく「ライフサイクル全体で脱炭素化するためには、何をすべきか」という視点での検討も進めています。例えば当社では、木質由来の新素材であるセルロースナノファイバーやバイオリファイナリーの研究開発を行っていますが、これらは当社の排出量削減ではなく、車や化粧品など製品化された際の環境負荷低減に寄与するものです。こうしたライフサイクル全体で、社会や環境に好影響を与えられる取り組みにも今後は注力していきたいと考えています。
[企業紹介]
大王製紙株式会社:https://www.daio-paper.co.jp/