成田空港を拠点に国際線中長距離LCCを運航する、株式会社ZIPAIR Tokyoは、2025年5月、航空業界初*¹の「ISO 14068-1:2023」に基づくカーボンニュートラリティの第三者認証*²を取得しました。同社はなぜこの認証の取得を目指したのか、そしてどのような過程を経て取得に至ったのか。取り組みの背景や成果について、サステナビリティ対応業務に携わるお二人にお話を伺いました。
目次 Index
“ZIPAIR様の事業とサステナビリティへの取り組みについて教えてください。”
当社は日本航空(JAL)グループの中長距離LCC(ローコストキャリア)として2018年に設立され、2020年6月に貨物便を、同年10月に旅客便の運航を開始しました。従来、LCCは「安いがサービスが物足りない」、フルサービスキャリアは「品質は良いが料金も高い」といった対比で語られがちです。私たちは、その両立を目指す新たなキャリアとして「NEW BASIC」を理念に掲げ、これまでにない価値観や基準の創出に取り組んでいます。
サービス設計においては、「①エアラインの標準であること、②厳選したサービスを提供すること、③世の中のベストプラクティスを取り入れること」この3つの軸を重視しています。たとえば、座席スペースはフルサービスキャリアと同等の広さを確保し、機内食や預け荷物など、お客様によってニーズが異なるサービスはオプションとして提供。加えて、お客様ご自身の端末を活用した注文システムの導入など、地上での利便性を空の上でも再現する工夫も行っています。
またNEW BASICの実現に向け、サステナビリティに関する取り組みにも注力してきました。エアラインは、人々の移動を促進し経済や科学の発展を支える一方で、その運航にはCO₂排出が伴います。「エアライン事業を展開する以上、CO₂排出への対策をしなければ産業自体が存続できないのでは」と考えた当社では、設立当初より紙製容器や再生プラスチック製のカトラリー・トレーの導入など、脱プラスチックへの実践を推進してきました。
“5月にはISO 14068-1:2023に基づくカーボンニュートラリティ認証を取得されました。どのような背景のもと、取得を目指すことを決定されたのでしょうか。”
当社には「航空業界において、カーボンニュートラルに向けた取り組みは不可欠である」という共通認識があり、方針の明確さという点では取り組みを進めやすい環境でした。一方で、課題となっていたのは「どこまでやるか」ではなく「どのように実現するか」という方法論の部分です。
エアラインにおけるCO₂排出量の削減手法としては、SAF(Sustainable Aviation Fuel/持続可能な航空燃料)の活用が挙げられるものの、現時点では供給量が限られており、十分な対応は困難です。また排出量を吸収する仕組みの構築も、当社単独では現実的ではありません。そこで着目したのが、カーボン・クレジットを活用した排出量のオフセット(相殺)です。カーボン・クレジットとは、従来の見込み排出量(ベースライン)と、再生可能エネルギーの導入や高効率な設備によって削減・吸収された実際の排出量との差に生じる環境価値のことを指し、活用により自社で削減しきれなかった排出量をオフセットすることが可能となります。
「エアラインとして何ができるか」と常に考える中で、CO₂排出量を短期間で大幅に削減することの難しさは理解していました。そこで、まずは実行可能なところから着手する方針のもと、同業他社に先駆けてJ-クレジット(日本国内で認証されたクレジット)や、ボランタリークレジット(民間主導で運用されているクレジット)を活用したオフセットに取り組み始めたのです。ただ当初は「何が正解か」分からず、模索しながら進めている状態だったのも事実。そんな中で目にしたのが、ヤマト運輸株式会社のISO 14068-1:2023に基づくカーボンニュートラリティ認証取得のニュースでした。カーボンニュートラルを目指す姿勢を客観的に証明できる国際規格があることを初めて知り、社内での検討が始まったのです。
ISO 14068-1:2023の認証取得を目指す決め手となったのは、「排出原単位(活動量あたりのCO₂排出量のこと/今回の場合は有償トンキロ*³あたりの排出量)」という基準で削減を評価する点。たとえば当社全体の排出量に大きなインパクトを与えようとした場合、打ち手は「カーボン・クレジットを活用し続ける」「事業を縮小する」などに限られます。ただCO₂排出量を削減する上で最も避けるべきは、事業成長を犠牲にすることだと思うのです。飛行機を運休すればCO₂排出量を大幅に削減できますが、それでは本来私たちが社会に提供すべき価値を創出できません。その点排出原単位を削減することは、「少ないエネルギーで、より多くの人や荷物を運ぶ」といった効率性の向上につながり、CO₂削減と事業成長の両立を可能にします。この視点こそ当社に最も重要なアプローチであると考え、エアラインが挑戦するハードルの高さを認識したうえで、他社に先駆けて取得に挑戦することを決断しました。これは設立100年超の企業もいる航空業界の中で、数年前に設立した我々だからこそできた決断だと考えています。
“支援企業としてエスプールブルードットグリーンを選ばれたご理由と、実際に活用してみた感想を教えてください。”
ISO 14068-1:2023の認証取得を目指すにあたり、まず重視したのは支援実績の有無でした。当時、国内でこの認証を取得していたのは1社のみ。支援できる企業も限られるなか、実績のあるエスプールブルードットグリーンに注目しました。そのうえで惹かれたのが、伴走型の支援スタイルです。時間制で助言を受けるような形式ではなく、コンサルタントが当社の一員のように関わってくれるような体制は、まさに理想的でした。
支援期間中は週1回の定例ミーティングがあり、密にコミュニケーションをとりながら進行。ISO 14068-1:2023は専門性の高い国際規格であり、当社内にも一定の知識はあったものの、特有の要件を自力で理解・実行するには限界がありました。その点、エスプールブルードットグリーンは、知識だけでなく経験も豊富で、必要な内容をこちらの理解度に合わせて丁寧に解説していただけます。また作業を進める際も「こうします」ではなく、「こういう理由でこう対応しますが、問題ないですか?」と意図まで説明したうえで確認を取る姿勢に、自然と信頼を寄せることができました。
加えて、当社の事業構造を深く理解いただけていたのも、信頼できたポイント。認証取得に必要な削減計画を検討する際は、「何をしたらどの程度の削減インパクトが発生するか」定量的に分析した上で、実効性のある削減方法を提案してくれました。単なる書類作成支援にとどまらず、CO₂を削減するための本質的な方法についても一緒に考えていただけた印象です。
さらに認証取得には検証機関との連携が必要不可欠でしたが、トップマネジメントを含めた組織的なバックアップがあり大変助かりました。取得までのあらゆる障壁を共に取り除いてくれる体制があったからこそ、大きな遅延もなく認証取得に至れたのだと考えています。
“サービス導入の成果と、その後の波及効果についてはどう感じられていますか。”
最大の成果は、カーボンニュートラルに向けた取り組みの「道筋」と「共通認識」が社内で明確になったことです。これまでは「会社としてどのような手法で進めていくか」について、十分に整理されているとは言えませんでした。今回のISO 14068-1:2023の認証取得によって、目指す方向と必要なアクションが明確になり、社内の意思統一が進んだと感じています。その結果、無駄な議論が少なくなり、より本質的な議論にリソースを割けるようになりました。
一方で、ISO 14068-1:2023の認証取得による外部評価などの波及効果は見据えていません。それは当社が現時点で、カーボンニュートラルの達成には至っていないからです。この認証はあくまで「どのようにニュートラルを目指すか」の計画を定め、信頼性を持って実行する姿勢を示すものであり、最終的な評価は目標を達成して初めて得られるものだと考えています。今は長期的な視点で効果が生まれるものと捉え、ひとつずつ着実に実行を積み重ねていく段階であるという認識です。
“最後に、今後の取り組みについてお聞かせください。”
短期的な目標として、排出原単位の削減に引き続き注力していきます。私たちは、「排出原単位の削減が事業成長につながる」という確信を、今回の認証取得の過程で得ることができました。実際に、路線ごとの排出原単位を算定したところ、以前から収益性に課題があった路線と、CO₂排出効率が低い路線とが一致していたのです。当社は今まさに成長フェーズにあり、将来的には保有機材をさらに増やしていくなかで、排出量そのものの増加は避けられません。だからこそ、排出原単位の削減を通じて、CO₂削減と事業拡大の両立を図るという共通認識を、社内全体で持ち続けていきたいと考えています。
あわせて、当社全体のCO₂排出量に大きなインパクトを与える「次なる打ち手」も考えていかなければなりません。現在、すぐに実行可能な施策としては、カーボン・クレジットによるオフセットが挙げられますが、世界では新たな打ち手も日々生まれています。当社では既に持続可能な航空燃料であるSAFを導入しており、その他の最新技術についても実現性が高いものから積極的に取り入れていく予定です。
とはいえ、現時点ではSAFの流通量は非常に限られており、十分な供給体制が整うまでには時間を要することが想定されます。そのため当面は、今回策定したカーボンニュートラリティ経営計画書に沿った、適切なカーボン・クレジットの活用など、今できることを1つ1つ丁寧に積み上げていく予定です。今後も、こうした柔軟な姿勢を活かしながら、環境負荷低減に真摯に向き合い、持続可能な航空サービスのかたちを模索していきます。
*¹:BSIグループジャパン株式会社調べ
*²:ISO 14068-1:2023とは、「曖昧なカーボンニュートラル」を排除し、カーボンニュートラリティ宣言の正確性・透明性を高めることを目的に策定された、国際規格です。企業はISO 14068-1:2023を取得することで、その主張に信頼性を与えることができます。カーボンニュートラリティを実証するには、まず今後カーボンニュートラルを実現したい対象(製品・サービス/イベント/事業活動)から生じる温室効果ガス(GHG)排出量を、ISO14064やISO14067などの規格で認められた手法を使って算定する必要があります。その後削減の目標を立て実行し、削減に至らなかった排出量をクレジットの活用によってオフセットすることで、初めてカーボンニュートラリティを実証・宣言できます。
*³:航空会社の生産量を表す代表的な指標で、航空機の有償物重量(t)に輸送距離(km)を乗じたものを指します。
[企業紹介]
株式会社ZIPAIR Tokyo:https://www.zipairtokyo.com/ja/