2050年カーボンニュートラル実現に向けて、経済産業省主導のグリーントランスフォーメーション(GX)推進が加速しています。事業活動における気候変動対策が社会的な要請となる中、今後日本ではGXに積極的に取り組む企業に対する支援策が強化される予定です。
そのような中、これまで評価されにくかった企業の排出削減努力を正しく評価し、市場で認識するための新たな指標として出現したのが削減実績量(Reduced Emissions of Product)です。
本コラムでは「削減実績量」について詳しく解説していきます。
削減実績量とは、企業が実施した脱炭素施策によって、製品単位でどれだけGHG排出量を削減できたかを示す指標のこと。過去の製品やサービスと比較して、新たな製品やサービスの排出削減効果を数値化し、GX製品の価値を「見える化」する新しい指標になります。
この指標は、企業の排出削減努力が、製品の市場での評価を高める役割を担います。また、削減実績量は「製品のGX価値」を構成する重要な要素であり、サプライチェーン全体での脱炭素化促進効果も期待されているのです。
※「製品のGX価値」とは企業の脱炭素投資によって生み出された製品単位の GHG 排出削減量のこと
ただし、削減実績量は排出量取引制度のように他者の排出枠を購入して達成するものではなく、あくまで自社の取り組みに基づくものである点に注意が必要です。
排出量取引制度について詳しく理解したい方は、こちらのコラムをご覧ください。
>【初心者向け】排出量取引制度の仕組みを詳しく解説!東京都や埼玉県の現状は?
削減実績量のように排出削減の努力を製品・サービスそのものの付加価値としていくことは、環境取引のみならず企業を巻き込んだGX推進のためにも重要です。
製品のGX価値の「⾒える化」によって、企業側は以下の恩恵を享受できます。
このように削減実績量は、排出削減への取り組みを経済的インセンティブにつなげることで、企業の自発的なGXへの取り組みを促進する指標として期待されています。
削減実績量には、基本的原則として以下の3つが定められています。
基本原則:
このように削減実績量は、排出量削減という単一の視点ではなく、地球環境全体のサステナビリティを考慮した上で自社の脱炭素への取り組み実績を開示する指標といえます。
GX価値を表す指標はいくつか存在するため、排出削減量に関する指標の整理をしていきましょう。
削減貢献量とは、従来のソリューションを適用した際の排出量を基準値として、自社の新たな脱炭素施策によって、ライフサイクル全体で削減される温室効果ガス(GHG)排出削減量を数値化した指標です。
この指標により、従来のGHGプロトコルでは評価が困難だった企業の社会的インパクトを開示・訴求することが可能に。企業は、⾃社の製品・サービスによる社会全体の脱炭素への貢献をアピールできます。
削減貢献量は、よくScope3排出量の単純差分であると勘違いされやすいのですが、削減貢献量の算出にはWBCSDガイダンスに基づく条件(最新の気候科学との整合性、直接的な削減寄与、Scope1-3への取り組み)を満たす必要があります。
※WBCSDは、持続可能な開発のための世界経済人会議(World Business Council for Sustainable Development)のこと。 200以上のグローバル企業のCEOが参画し、気候危機や自然の再生、不平等に対処するためのビジネスの変革に向けて協働している民間団体です。
削減実績量と削減貢献量はGX価値を構成する要素として非常に似た概念ですが、実は違います。その違いについてこれから説明していきます。
ズバリ、その違いは評価対象です。
削減実績量は、自社内で実施した排出削減施策による直接的な成果を示し、製品単位で算定する指標。一方、削減貢献量は、新製品やサービスが従来品と比較して社会全体でどれだけGHG排出を削減できるかを評価する指標です。
また、削減実績量は実際の削減データに基づきますが、削減貢献量は仮想シナリオとの比較によって、排出量の差分を数値化します。
さらに、削減貢献量はWBCSDなど国際的な枠組みで議論されており、透明性や信頼性の高い算定手法が求められています。一方で、削減実績量は国内での議論が中心であり、具体的な標準化は基本的原則を基に、以下のように検討段階です。
※マスバランス方式:マスバランス方式とは、特性の異なる原料が混合される場合に、ある特性をもつ原料の投入量に応じて生産する製品の一部にその特性を割り当てる手法のこと。プラスチック製品を含む様々な分野の製品にその考え方が適用されつつあります。
※グリーンスチール:グリーンスチールとは、製造時のCO₂排出量を従来の鉄鋼より大幅に削減した鉄鋼材料のこと。グリーンスチール以外にも、「ゼロエミッションスチール」「ゼロカーボンスチール」「脱炭素鉄鋼」「低炭素鉄鋼」と呼ばれることもあります。
グリーンスチールについて詳しく理解したい方は、こちらのコラムをご覧ください。
>グリーンスチールとは?メリットや課題、導入事例までを解説!
CFP(カーボンフットプリント)とは、Carbon Footprint of Productsの略称で、商品やサービスの原材料の調達から製造、使用、廃棄・リサイクルに至るまでの全過程を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算して、商品やサービスに表示する仕組みです。※LCA(ライフサイクルアセスメント)という手法を活用し、環境への負荷を定量的に算定します。
※LCAとは製品やサービスのライフサイクル全体における環境への影響を評価する手法のこと。ライフサイクル全体とは、原材料調達から廃棄・リサイクルまでの一連の流れのことで、使用時のみならずその製造過程や廃棄における環境負荷まで評価します。
2050年には、「どれだけ排出しているか」そのものが重要になるとされており、製品そのものがもつ排出量であるカーボンフットプリントが評価指標となると考えられます。
しかし、企業にとって脱炭素の取り組みは避けられないものの、高いコストがかかるのに対してその経済的便益の定量化が困難なのが課題です。
そのような企業の取り組みを適切に評価し、メリットを多く受けられるようにするために生まれたのが、削減実績量や削減貢献量といった「どれだけ排出量を減らしたか」といったGHG排出量削減の努力そのものを可視化する指標なのです。
削減貢献量は、自社の製品やサービスが、バリューチェーン下流企業のScope1, 2, 3排出削減にどの程度貢献したかを数値で示す指標です。つまり、自社の取り組みが社会全体の排出量削減にどれだけ貢献しているかを示します。
例えば、グリーン燃料を開発した企業であれば、その燃料を使う運送会社や、その燃料を使用している乗り物で通勤する人たちが削減した排出量の総量が「削減貢献量」にあたります。
一方、削減実績量は、自社が実施した脱炭素施策によって、製品単位でどれだけ排出量を削減できたかを示す指標です。Scope1(自社の直接排出)とScope2(自社の間接排出)の削減量が対象となり、その結果として、バリューチェーン下流企業におけるScope3も「削減されている」と主張することも可能です。
これらの指標は、排出削減の取り組みそのものを評価するものであるため、サプライチェーン上の複数企業が、同じ削減量をそれぞれの成果として主張することは認められています。ただし、その削減価値を独立させて、他者のScope1,2,3排出と相殺(オフセット)する目的で取引することはできません。サプライチェーン上の複数企業が互いに連携し、協働してカーボンニュートラルを目指すことが求められているのです。
削減実績量について理解を深めていただいたかと思いますが、実際に企業が削減実績量を活用することによってどのようなメリットが得られるのでしょうか。また活用するにあたってどのような障壁が想定されるのでしょうか。活用するにあたって以下のようなメリットデメリットが想定されます。
製品の製造段階における排出削減の実績を数値化することで、削減のロードマップに沿った取り組み結果を可視化できます。
さらに、企業の脱炭素施策による排出削減の実績を数量的に示せる点も大きなメリットです。これにより、削減活動の実施状況と効果を数値データで明確に示すことができ、企業の取り組みがどれほど効果的であるか対外的にアピールすることが可能です。
また、環境意識の高い消費者や取引先からの信頼を獲得し、選ばれやすくなることも考えられます。
一方、算定方法や評価基準にばらつきが生じる可能性がある点がデメリットとして挙げられます。これは、削減実績量の考え方や具体的な定義が現状では定まっていないためです。
さらに、算定には専門的な知識やデータが必要となるため、導入に手間やコストがかかることも課題です。
先述の通り削減実績量は、算定・主張の方法が確立されていないため、現時点では市場で活用されていない指標です。そのため活用事例ではなく、活用のイメージをご紹介いたします。
企業は、自社のGX製品を川下企業へ売却することにより、削減実績量由来の価値を譲渡し、その対価を川下企業から受けることができます。一方川下企業は、各川上企業から譲渡されたGX価値と、自社のGX価値を合算したGX製品を市場に提供することが可能に。これよって、政策的措置による評価や消費者・投資家からの選好を得られるようになります。
削減実績量は、企業のGHG排出削減努力を「見える化」する新しい指標です。これまで評価されにくかった企業の脱炭素努力を数値化することにより、今まで以上にカーボンニュートラル実現に向けた取り組みが評価され、GXに取り組む企業が経済的にもメリットを享受できるようになると考えられます。ただし、まだ発展途上の概念なので、今後の動向に注目が必要です。
また、削減実績量を自社のGX戦略に活用するためには、Scope1,2,3の算定に取り組んでいる必要があります。自社での活用をご検討されている場合、今のうちから算定を進めておくとすぐに削減実績量を活用できます。削減実績量活用に向けてScope1,2,3算定を検討されている方は、ぜひ弊社にお声がけいただけますと幸いです。
CDP回答やGHG排出量算定など、環境経営に関するコンサルティングサービスの営業本部長を務めています。
【出典】
・GX市場創出に向けた考え⽅(案). (2024, March). 経済産業省.(参照2025.03.07)
・GX市場創出に向けた考え⽅(案). (2024, March). 経済産業省.(参照2025.03.07)
・CFPについて. CFPプログラム.(参照.2025.03.07)
・イノベーションを通じた企業の課題解決力を計る、「削減貢献量」とは?(2023.October).経済産業省 資源エネルギー庁.(参照2025.3.26)